くどうれいんさんの新作「日記の練習」がとても面白い。
日々の記録としての短文(日記)とそれを元にした長文(エッセイ)がまとめられた本書は、コロナ禍以後やたら増えた「日記本」に杭打ちしてくれる。昨今独立系書店に平積みされる「日記本」はSNSと地続きの、私の生活に共感して!な承認欲求が感じられ、お金をいただく文章なのか?ブログでいいじゃんと穿った年寄り目線で思えてしまうけど、自己顕示欲を満たすものとして若者にはブログは思春期に当たり前だった古きインターネットサービスであり、物を販売し手に取ってもらうことが今の価値観なのだろう。
そんななかでくどうれいんさんの「日記本」は生活と気持ちに筋と思考の変遷が通う文章で綴られた「書籍」で、これです!だった。
>覚えていられることは書かなくていい、だって覚えているのだから! (引用:「日記の練習」7P)
驚いたことに本書はNHK出版「本がひらく」によるnoteでの連載をまとめたものだから、もともとは仕事としてのブログなのだった。日記の短文(日記の練習)と、それをもとにしたエッセイ(日記の本番)で構成される。
andpremium.jp
>くどうさんは日記を"加筆・修正"する。「あとからこの日はこうだったとするために書き加えたり、めちゃくちゃ書いてすごい削って一文だけにしたり、とにかく調整をするんです。私のなかでは、日記は必ずしもその日に書き終わらなくていいし、たとえ書き終わったと思っても、あとから手を入れていいもの。
>自分を楽しませるという意味でも、日記はSNSとはまったく違うんですよね。SNSは拡散力があるぶん、簡単に人を率いることができてしまうけど、日記では、自分が感じた喜び、違和感や孤独も、あくまでも私のサイズで収まったまま、適切な温度で保存できる。乱暴な言い方かもしれませんが、簡単に共感されなくてもいい、全部自分のために書いている、という気持ちです。
大変おこがましいのだけど、私もこの感覚で「音甘映画館」を書き続けている。毎晩書いて下書きに保存し、1ヶ月後に公開する前にも読み直し修正をする。付け足すことも消すこともある。なにしろムカついて書いたことも多いので、後から読むとウヘェなこともあるのでね。お得な情報提供や共感を呼ぶものではない、あくまでも自分のために書いているのです。
ちなみに本著の装丁(フォント含む)の意図を知りたい、敢えてなんだろうけどなんかちょっと謎。
tsukihi.stores.jp
こちらは未読だけど、どうだろねえ・・・。
9月7日(土) 今日も暑い。住宅街の古民家で嶺川貴子 「このような現象が起こるので、私はそれを洗い流すことができなかった」を観た。観たという言い方は違うな、嶺川さんがパフォーマンス時に使用する紙片や鳥などの小さな小さなモノが点在された空間で、アンビエント音楽を聴きながら、りんごとローズマリーのソーダを飲む、穏やかな囁きの中で息を吹き返したのだ。
9月8日(日) 今日もまだ蒸し暑く陽射しが強い。ヒューマントラスト渋谷で「石がある」を観た。キッカケは日経新聞の映画評。「川を歩く」という筋書きが気になった、んだけど・・・。ただただ歩くなら1人でいい。この筋書きで人物設定とスクリーンサイズを"ああした"のが謎すぎてひたすら悶々。旧来的な男女の描き方は敢えてな現代批判を込めたわけでもなさそうだし困惑。風や光を感じて歩くのではなく「石を拾うという行為」に特化したのは、『友人との旅行で石拾いをした経験に触発されてシナリオを書きはじめた』というキッカケで納得した。生活の中で歩いて感じてきたものが映し出されていないから。
ishi-ga-aru.jp
ちなみに私が好きな「歩く映画」5選。「泳ぎすぎた夜」「オールドジョイ」「北の橋」「here」「ビフォア・サンライズ」
9月9日(月) 「鶴瓶の家族に乾杯」盛岡市の回。登場した店が「私が行ったあの店の今」が数珠つながりで驚いた。店主のにこやかな顔が観れて嬉しい。またいきたいな、盛岡と秋田。


①秋田の川反中央ビル内のTシャツ屋さん「6 JUMBO PINS」が盛岡に移転してた!店内で貰ったハガキ、かわいいからずっと部屋に飾ってるの。
②プログレ喫茶バロックは市内で移転し漸進社としてリオープンしてた!よかった〜。
9月10日(火) まだ暑い。
9月11日(水) グレッグ・アラキ リバイバルに驚いた!再発見されないねえと思ってたら配給パルコで上映ホワイトシネクイント!アホな映画ではあるけど(褒めてる)今若い子が見たら新鮮なのかな。ああ90's。
www.cinequinto.com

サントラのこの選曲!
9月12日(木) 「団地のふたり」スタッフが"あの界隈"なだけに高齢化社会をも漂白されたスタイリングで綴っていて、温い笑い要素にオバチャン感があって震える。あんな牧歌的な団地はねえ!とか分譲だからあの雰囲気なのか?などとつっこみながら見ている。「A! table」続編は、視聴者層狙いすぎのネタばかりでつまらない。なんで「暮らしの手帖」にしちゃったの・・・。世界の歴史料理なんだろう?と思いながら観るのが楽しかったのに。今回は40手前の焦燥感倦怠感マシマシだけど、本気のソレはあと10年後だよ・・・と伝えたいヨシヲに。
9月13日(金) 昨日仕事でヤバい!と思ってたことが、今日問題なくスンナリ進んで、そんなものなの?!と拍子抜け。でも父のことで狼狽えること生じて、いろんな方面から悩み事がやってくるな・・・。
9月14日(土) この連休は映画見ようとしてたけど親のことで心もんやり落ち着かず、無理だなと判断。美味しいケーキ買ってうちで過ごすことにした。映画の代わりに「犀星映画日記」を読む。
kamenakuya.main.jp
先日行った金沢の"石引パブリック"で購入した。犀星の日記から映画館で見た記述を抜き出したもので、今となっては名作の数々を「退屈した」「何を描こうとしたのかわからない」など辛辣辛口が殆どで笑ってしまうし、たまに出る褒めの言葉が興味深い。
そうそう金沢、図書館は大充実だったけど書店が薄い印象があった。中心市街地の老舗書店は軒並み姿を消し、郊外に大駐車場完備の地元大型書店は人気のようだったけど、最近地方都市にも多い「個人経営セレクト新刊書店」は開店しても続かない状況なのが意外。古本屋はオヨヨやあうん堂は健在で嬉しい限りだった。金沢事情が見え隠れ、だろうか。
isibikisyouten.com
9月16日(日) 今日も朝から陽射しが強烈で暑い。そんな気候で秋祭りの光景を目にしつつお出かけ、GoogleマップでY氏が見つけた「三鷹市吉村昭書斎」へ。

恥ずかしながら吉村昭の著作は未読なのだけど、三鷹市で暮らしていた彼の書斎を移設・再現したもので、"記念館"ではなく"書斎"とそのものズバリなネーミングが面白い。こじんまりした空間だけど、建物は洗練された意匠で居心地良い。設計はSALHAUS。書斎の再現っぷりもぎっしりな書籍といい感じで散らばる床面がリアル。三鷹市は文化事業にも力を入れているのだなあ。
mitaka-sportsandculture.or.jp
9月16日(月祝) 午後3時くらいに急に気持ち悪くなって寝てしまった。
9月17日(火) 通院先の近くの自然食品店で二十世紀梨を見つけて、夕ご飯後にいただいた。さっぱりとした味わいがまだ暑い今年の秋に合う。カーテンを開けると空には中秋の名月が輝いていた。/ SNSで津田貴司さんが「20歳頃住んでいた阿佐ヶ谷の6畳一間の夜」を綴り「こんなことを思い出す夜には、これだ」と挙げたのがヤマソロ1stだったので思わず「エッ!」と声をあげてしまった。当時レコ評で小野島大さんも「新聞のレコード紹介欄選考を行なったオフィスビルの会議室が再生した途端阿佐ヶ谷のアパートになってしまった」と書いていたな。。。
note.com
www.art-into-life.com
津田さんが久々にリリースしたソロアルバム、とてもよかったな。
9月18日(水) 会社帰り、頭痛くなって気になりながら処方薬を受け取って帰宅すると、領収書を入れておくクリアファイルがないことに気づく。まさかと思い薬局に電話するとやはり忘れていた。ホッ&ゾゾゾ。鍵を無くした事件も記憶の新しいというのに・・・。昨日血液検査でまだ更年期ではない数値が出たものの、これは歳のせいか元々の性格ゆえか頭痛のせいか。
9月20日(木) 1時間早く退社して(昨日忘れたクリアファイル受け取って)帰宅。1時間早いと気持ちが楽だなあ。
9月21日(金) 最近近所に出来た喫茶店に金曜夜に立ち寄るのが楽しみで、ひとりで静かに過ごし会計時に店主さんと言葉を交わすバランスがとても良い。
9月22日(土) 情緒不安定な朝、悶々と抱えてる想いを吐露し真摯に改善策を答えてくれるY氏のおかげでなんとかなった。うーんと思ったときはY氏がわ〜いと野原を駆け巡る光景を想像したら楽しくなったよ。
9月23日(日) 映画、このあいだまで観るつもりだった新作2本に心の的が合わなくなって、「攻殻機動隊」を見に行った。
追悼という形のリバイバルは悲しいけれど。思えば映画館で見たことがなかったから、音に驚いた。銃撃はもちろん、素子と人形使いの会話など「この世ではない感」の奥行きがすごかった。絵の情報量も凄まじかった。冒頭の雰囲気に80年代を背負った90年代を感じた。カオス感の舞台に香港はもうないだろう。「ネット」のイントネーションとフォーマットのなさにも、ネットが当たり前になる前夜だなと感じる。95年。そして素子の声の温度の無さ、唯一無二だなあ。肉体は消えても声はゴーストとなって囁くのだ。ネットを日常的に使う今だからこそ。/ 上映館は渋谷のホワイトシネクイントで、渋谷の繁華街もパルコも久々だった。当然人出が多かったけど、パルコにこんなに人が多いのはニンテンドーとアニメショップのためだとわかって衝撃だった。ブックセンターとswimmerに日参していた、あれは幻。9月24日(月祝) いつもの時間になっても起きれず、今日どうやって過ごすかも決められない。かといってうちにいたままだとよけいに気持ちの重さを明日以降もひきづるだけなので、近場のコーヒー屋さんへ行くと入った途端にgalaxie500がかかって驚いた。道を行き交う人をぼーっと眺めてしばし過ごしてから、和菓子を買ってカレー食べて帰宅。/ 能登の状況を見ると言葉を失くす。
9月25日(火) いきなり秋がやってきた。前も書いたことだけど、気候がこれほど強固に「暑い!」「寒い!」だけになるから、人間も「右!」「左!」だの「黒!」「白!」だので切り捨て、その間の「どちらでもないもの」を無視するようになったのだろう。
9月26日(水) 前任者が業務処理をしないまま隠していた書類が大量に見つかり、怒りも呆れももはや消え失せ、後任として淡々と粛々と片付けるのみ。仕事は修行。無。/ そんなことがあったからかドッと疲れて、帰宅するも喋る気力もなく、そんな私にY氏は話しかけることをやめて読書。音楽も鳴っていない、ただ静かな部屋。秋。
9月27日(木) dip東芝期がついに配信された。配信は聴きたいCDやレコードを探すのがめんどくさいときに手っ取り早く聴けてありがたいのだけど、私のCD棚の一番上はdipで占領されているのですぐ探せるから配信じゃ聴かないヨネーと思いつつさっそく聴いてみるのであった。ところでSNSで「flagのスラッヂを相場で譲ってくれないか」というのを見かけたことがあるんだけど、私なんて時折行く中古盤屋でたまたま見つけたぞそれも1000円で(自慢)自分の足で探そうぜ(偉そう)/ そうそう、ミュージックマガジン最新号 ブランキー特集でヤマジさんにコメントを依頼したのは、お人柄を把握したうえで同時代に活動してた目線が欲しかったの・・・?長年のファンにも若いファンにも反発を買いそうな・・・(小林くんは安定の愛すべき熱意)
9月28日(金) 今日は通院のため休みににしてたので朝オンタイムで「虎に翼」最終回を見た。最後まで意志が詰まったドラマだった。思い出として消費されるのではなく、これからのなにかを産み出してくれたドラマだった。疑問点もあったけど、即効性はなくていい。良いところも悪いところもあっていい。観た人それぞれの心の灯火として、ふとしたときにその灯りを思い出すような。/ そんな気持ちで出掛けて乗った電車内吊り広告の、缶ビールのキャッチコピーが「もうがんばりたくない夜に」というのは、とても衝撃的でへなへなと力が抜けた。世の中はますます荒み、思考停止をバラまくけど、精神的に貧しくならないようにありたいし疑問を持ち続けたい。 / 千代田区立日比谷図書文化館で、高野ユリカ『秋の日記』を観た。白井晟一 設計による秋田県湯沢市の建築群を巡る写真展。設営が素晴らしく、建築写真展というよりはインスタレーションだった。孤高の感のある白井さんの建物だけど、そういった要素ではなく、建築とそこに宿る感情を浮かび上がらせていた。
madoken.jp
www.yurikakono.com
9月28日(土) 映画「SUPER HAPPY FOREVER」を観た。五十嵐耕平監督の新作で、前作「泳げない夜」がマイベストに入るほど好きなので、クラファン参加するほど楽しみにしていた。若い俳優が「自分たちの映画をつくってほしい」と監督にメールをしてから6年後、漸く公開。脚本も演出も、映画としての技法は高く、制作にあたっての意志と世の中への疑問や怒りを作品に落とし込んでいることは素晴らしい。物は無くしても記憶は消えない。あの人はいなくなっても私の中で生き続ける。でも。うーん。自分には響いてこなかったことに動揺している。SUPER HAPPY FOREVERな奇跡と偶然と絶望と希望はこれまでの人生で私なりに幾度も感じてきた。その刹那な瞬間と果てしない永遠が美しく映像に表現されている。でも単純に言ってしまうと「若者目線の映画」だった。主軸の彼ら「以外」の登場人物に、気持ちが向かってしまう。私の歳にもなると死が切実で現実的であり、エモーショナルな刹那はもはや無いのだ。
shf2024.com
クラファンの返礼品の写真が「あの1枚」だったから、泣けた。
9月29日(日) 美容院来週なんだけど既に髪がもしゃくしゃで早く切りたい。/ フリッパーズ90年1月のクアトロライブ映像がネットに上がってて、悶えながら見た。やがて鐘がなる・パステルズバッヂ・アズテックのカバーに号泣。あの頃の私が救われた気持ち。
9月30日(月) 紙書類の数字を目視でエクセルに打ち込む、石器時代の仕事。0を9に打ち間違えた大失敗。あああああ。(そんな仕事まだあるのと言わないで・・・)
10月1日(火) ついに10月ですよ!
静かに終始同じトーンで綴られる音が心地よい。ミツメ、昨日で活動休止。低い平熱で淡々としながらも、ものすごく丹念で複雑且つ風が抜ける音作りなところがとても好き。メンバー全員が音楽を幅広く聴いていて咀嚼してるところも。「どういう音楽が好きかをわかるような曲作りはしたくない」というようなことをインタビューで読んだけど、そういう感覚の変化。平成頭がフリッパーズならば平成最後がミツメだったと思っている。10月2日(水) 30度超、暑い、10月。秋はもうない。/前任者がやってなかった業務がボロボロ出てきて、係長に報告し指示を貰ったが、口頭でのやりとりのみは恐ろしいので書面にし係内共有した結果、重鎮係員から対応に指摘が入り、怖。係長の言うままにしなくてよかったよネ・・・。記録と情報共有大事。/ そんなんで疲弊し、夕飯を作る気も食べる気もないけどそういうわけにもいかず、スーパーで煮物惣菜にしたかったが駅前でコロッケを買う。他の選択肢が欲しい。
10月3日(木) 行政が主催の地域起こし企画が、個人が楽しみに紡いできたアレコレに便乗するのヤダな・・・ああいうものは大きなナニカが轢いた道を誰かに誘導されて歩いて「コレ」って教えてもらうんじゃなくて、自分で気づいてくふくふ笑みを浮かべることが楽しいのに。誰かの視点を借りなくても「街は不思議と発見だらけ」なのに。
kokosuki.studio.site
10月4日(金) 会社帰りに恵比寿の都写真美術館へ。岩井俊雄さんの展示。去年渋谷で見た展示に+αな内容。新作「映像の物質性を取り戻す」もよかったなあ。ささやかだけど豊か。再びの「時間層」も素晴らしい。息を呑んでうっとりして震えてしまう夢の世界。修復プロセスの記事にも驚愕。こうやってアーカイブして未来へ繋げること大事だなあ。
ccbt.rekibun.or.jp
今キラキライケイケのチームラボに乗っかるだけじゃなくてさ、メディアアートの修復と維持にもどうか目を向けて欲しい。年代問わず国籍問わずな、シンプルな楽しさに溢れてるのに。そしてしつこく言うけど、岩井俊雄さんとCorneliusのコラボレーションを見たいよぅ。
コレクション展「見ることの重奏」も期待通りよかった。寺田真由美さんの作品を再見できて嬉しい。2000年代頭に茅場町のギャラリーで見たときのワナワナとした感覚は今も思い出されるし、久しぶりに見て心にすっと吹き抜ける静かな風があった。
10月5日(土) 雨の中下高井戸へ。正午の回、佐藤真監督作「SELF AND OTHERS」20年ぶりくらいに見た。不在と存在、記憶と写真、消えそうな確かさ。空。木漏れ日。街。人。西島秀俊の平坦な声、牛腸さんの揺らぐ声、どちらも彼岸からの響き。そういえばかつて見た時は母は存命で私も若く健康だったし、西島さんはあのころの希薄さから遠く離れてしまったなあ(悲しみ)
>そしてこの映画は牛腸を知るようで実は佐藤自身を知るような錯覚にとらわれるのだった。
過去の私の感想、うまいこと言ってる(自画自賛)
先週見た"SUPER HAPPY FOREVER"がフィードバックする。帰宅中に頭痛くなってきた。こんな気候でも花火大会開催されたみたい。来年は良い気候でありますように。しかしながら、行政が花火大会を開催するメリットはもはや無いのではないか。
10月6日(日) 曇り。美容院へ。会計時に来月から価格が上がると謝られるが、いえいえ今の時代は仕方がないですよと返す。生きる費用。疲れが抜けない。夕飯の買い物だけして早々に帰宅。野菜も肉も高い。生き抜く費用。





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