久しぶりの小遠足

よく晴れた日。肌寒いかなあとストールを用意するところに、季節の移ろいを感じる。
電車に乗って西へ、多摩川を渡った。1年半以上は経っただろうか、東京を出るのは。横浜郊外の駅で下車。お昼はこちら方面での定番のお店で、今日からという日曜メニューのボルシチを食べた。1人席は向きが変わっていて、配慮が感じられた。ご無沙汰ですとご挨拶すると「12周年記念で差し上げてるんです」と渡されたのは、月光荘の黄色いスケッチブック。この間の偶然の再会により、欲しいなと思っていたから驚いた。
「わー嬉しい! 12年ですか。おめでとうございます」
「○○さんでお逢いしてからもうこんなに経つんですね」
店主Aさんとは、器屋○○で行なわれた臨時珈琲屋台がキッカケで知り合った。古民家を使った店だったから縁側があって、そこに並んで珈琲を飲みながら「私、今喫茶店を準備中なんです」と教えてくれたのだ。半年後開店した場所は、前回書き留めたあのギャラリーのすぐ近くで、お家の都合で5年前にこの地に移転。久しぶりに訪れたこのタイミングで彼女からスケッチブックを渡されるだなんて、コジツケの偶然にしては出来すぎた話じゃないかしら。



それから歩き始めた。丘陵地を切り開いた住宅街は起伏に富んだ道なりで、急な坂道や長い階段が南北に走り、団地や住宅がみっしりした中に元々の地形を利用した公園がいくつもあった。


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生活圏とは離れた街並みに刻まれる豊かな緑の匂い。空は広く、薄さを増した水色にオレンジ色が混じる葉が輝き、その光を存分に浴びる。生きるエネルギーが体内に入っていく。

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ああ、やっぱり、たまにはこんな空気を吸ってこんな景色を見ながら歩かないとな。すっかり忘れていたよ。

テレピンの匂い

今日は会社を休んで久々に出向いた街を歩いていたところ、真新しいギャラリーを見つけた。住宅街の、まさかこんなところに?という立地だ。現在開催中の展示は抽象画で、好みの印象だったので中へ入った。


まだ生々しいテレピンの匂いがした。ふっと思い出すのは学校の絵画室で100号のキャンバスに向かっていた光景だ。
展示されている作品はどれも好きだなあと思った。どのようなところがと説明できない。ただ、好きだなあと思った。テラテラしている油絵具の色味や重ね方がよいなあ。ここだと決断する瞬間を想像した。
奥から出てきたスタッフさんに「作家さんのお知り合いですか」と尋ねられ、「いえ、たまたまここを通りかかって、好きな感じだなと思って入ったんです」と答えた。
「好きです、この作家さんの作品。単純に好き、としか言えないんですけど……」
「ありがとうございます、ゆっくりご覧になってください」


しばらく作品と向き合って、去りがたい気持ちになりながら「ありがとうございました」と奥のスタッフブースへ告げたところ、先ほどとは違うスタッフさんが出てこられて、挨拶をして外へ出て少し歩き出したところで呼ぶ声がした。
なんだろうと振り返ると最後に挨拶したスタッフさんで、「あの……○○さんですよね」
その名前は旧姓だったから思考が追いつかなくてぽかん、としていると
「△△で一緒だった□□です」
学校の先輩で、副手としてお世話になっていたSさんだったのだ。 


絵を見ている私のことを遠目でこの人どこかで?と思っていて、最後に私と向き合って声を聞いた時に記憶が辿り着き、名前が思い出せなかったけれど、私が外へ出たタイミングでピン、と繋がったとのこと。
「それに、作品見てただ好き、っていう人珍しくってね。抽象画だと“私にも描けそう”っていう人多いのよ。それでこの方は?って気になって、声も聞いたことあるな……そしたらあれ?って」
「こうやって歩いてて見つけたギャラリーにふらっと入ることがよくあるんですけど、今日は入った途端にテレピンの匂いがして、学校の日々を思い出していたんです」
「実は私も、さっきもう一人のスタッフとの話の流れであの学校の話になってね……」
今回の作家さんはこのギャラリーの元スタッフで、Sさんは彼女に声を掛けられて後任になったのだという。そして私は通りかかりに見かけたこの作家さんの絵が気になってギャラリーに入り、Sさんと再会したのだ。
卒業以来交流が何もなかったのに、30年近く経って絵という共通のキッカケで巡り合っただなんて、すごい奇跡だ。
「また、展示見に来ますね」「またね!ありがとう!」
過去が今と繋がっていることを改めて思う。日々を積み重ねていくことで目に見えないものが生まれている。今日この街に来て歩いてよかったなあ。晴れた秋の空を見上げて泣きそうになった。私に関わってきた人たちに感謝をします。