newtown

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多摩センターのイベント。駅前のペデストリアンデッキと廃校した元小学校が舞台で、やってる内容自体は「20代の需要と供給」メインで、オバチャンはまるでのめり込めず。”文化祭”なゆるいノリに「あーそもそも学生のときはみんなでつくりあげるノリが嫌いでサボったよなー」とか、お祭りを楽しめない自分を呪うしかない。とはいえ、なかなかの賑わいで、近隣の家族が来てたり、おじいちゃんが参加してる「のど自慢大会」など、のどかな雰囲気は確かに主催者のコピーどおりだった。いわゆるサブカルチャーが若い人だけで運営しつつも、うまいこと地域を巻き込んでくのが、昨今のやり方なのかもしれない(馬橋の盆踊りとか)。
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そのあとは多摩丘陵の谷間を歩いたのだけど、もはやオールドタウンになった大規模団地には確かに人が住んでいるはずなのに「不在感」が濃厚で、建て替え時期にあるこの一帯をどうするつもりなのかと考えてしまう。さっきの賑やかさからはたった10分かそこらの地域なのに。
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店舗付住宅を若い作り手に安く貸し出すことは、今の規約だと難しいのかな。手を付けられないままにするしかない事情があるのでしょう。
それにしても山の起伏のあいまに集合住宅が立ち並ぶ様は、本当に面白い。帰りには駅近くの東京都埋蔵文化財センターで土器を見ました。小さい土偶かわいい。
秋散歩の一日は、ふくらはぎが痛くてぐったりでありました。

狼煙が呼ぶ

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「狼煙が呼ぶ」豊田利晃監督最新作は、たった16分間の作品。今年の春、拳銃の不法所持による逮捕がセンセーショナルに報道されたものの、拳銃は祖父の形見であったため、程なくして無罪・釈放されたことはほとんど報道されなかった。その返答として、準備期間ひと月半、撮影 3日間で制作。このスケジュールでこの豪華メンツ、このクオリティー豊田利晃監督の情熱が、意志が、熱く強く込められていた。

ある休日、午前ユーロスペース→午後アップリンク吉祥寺で一日に2度鑑賞した。スローモーションな閃光は古から放たれて、今轟き、未来へ届けられる。このイントロダクションを如何に奏でるかは、私たちの想像力次第なのだ。豊田監督の映画は危うさを秘めながらも不器用に立ち向かっていく。若かりし日も、今年で50歳になった今も。千原ジュニア演じる荒野が渋谷のスクランブル交差点を歩くあのショットから変わらずにずっと。
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ユーロスペースへ行く前に時間があったから久々の道を散歩した。90年代によく歩いてた道。思っていたほど変わってはいなかった。トウキョウソナタで使われたあの家はとっくにないし、坂道を下って吹き抜けたあの風も消えてった。
ユーロスペースで映画を見るのも久しぶりだけど、やっぱりホーム感あって落ち着く。16分は短いけれど長編映画を見たようなどっしりした重みがあった。顔顔顔。真面目な渋川清彦も珍しく、浅野忠信の不穏な笑みと存在感に震えたし、中村達也のパンクな眼差しのカッコよさ、オッサンたちの中で若々しい高良健吾の所作。切腹ピストルズによる緊張感と躍動感ある音、宮本まさ江による衣装も素晴らしい。ラストには「鬼武者」のCMを思い出したりもした。腹の奥からフツフツと沸く想いを抱えながら、井の頭線で吉祥寺へいざ。
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パルコ地下に出来たアップリンク吉祥寺には、ようやく初めて入った。スクリーン4で鑑賞しながら、ふとバウスシアターの小さいほうのスクリーンにいる錯覚に陥った。幸せな空間だった。音響はやはり、タグチスピーカなアップリンクのほうが美しかった。
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エントランスにこんな展示が。

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見終わってから近くの喫茶店へ。もうじき閉店してしまうのだ。受け皿に三日月が浮かぶホットコーヒーにするつもりが、予想外に暑くてアイスコーヒーに。ユニオンやココ吉でレコード買ってから寄ることが多かったな。ふとしたひとときをつくってくださって、ありがとうございました。閉店とはいえ、新たな場をつくってくださるとのこと。これからも楽しみ。

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さて、また別の日。シネマート新宿の大スクリーンでの上映、会社帰りにギリ行ける時間だったので慌てて急行。定時直前に投げ込まれた仕事を鬼の形相で片付けて、上映開始直前にスクリーンへ飛び込んだ。やっぱりデカイスクリーン、いい!音もドコドコ迫ってきた。山の鬱蒼した濃い緑に包まれて、私もこの神社にいるようだった。湿り気あるアトモスフィアを感じた。最高。ところで3度目であの神社は徳川家康を祀っていることに気が付いた。


全国のミニシアターで随時公開されるなか、上田映劇では「高校生以下無料」! 本作は「16分だけど1800円、時々ライブやトークがある」上映形態だったわけですが、こんな心意気。上映時間が午前中だったから、別に休日じゃなくても、平日に「2限目の授業サボって映画館行って16分間の作品見て、学校に戻って3限目の授業を受ける」って1日があってもいいのよ、って自分の高校時代を思い出して泣いた。そんなたった一日の冒険がその後の人生の支えになるじゃないですか、ね。

同時に発売された自伝「半分、生きた」、表紙は奈良美智。映画を通して繋いだ絆が綴られ、作品に関わりのあるミュージシャンなどが挿絵を担当。ここにヤマジカズヒデもいるのです〜〜。わーい。で、挿絵原画展が行われるということで更に嬉しがっていたら、前から行ったことのある店だったのでビックリ。
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もともと好きで伺っていた店に、大好きな人の絵が飾られる喜びたるや。
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ヤマジさんの絵のセンスが好き。ヤマ字も好き。

豊田利晃 自伝『半分、生きた』刊行記念 豊田利晃監督トークショー&サイン会 《東京国際映画祭2019開催週間》 | イベント | TSUTAYA TOKYO ROPPONGI | 蔦屋書店を中核とした生活提案型商業施設
このトークイベントは、ヤマジさんのライブがある日なので行けず残念無念。。。東京国際映画祭期間中に「狼煙が呼ぶ」屋外上映なんてあれば良いな。上に屋根がついてる広場で旧作の上映やってたはずなので、ライブ演奏込みでどうかなあ。海外の映画関係者もたくさん来るから、全く知らずに通りがかりに出逢って、目に止まれば嬉しいな。
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今回、1日に2回、違う日に1回、全て違う映画館で見た。それぞれの映画館で受ける感覚の違いも面白かった。ライブハウスやフェスなど、映画興行という枠組みを超えた上映を今後も続けてほしい。例えば変奏として、音楽:ヤマジカズヒデ版を見てみたい。ヤマジさんだけではなく、中村達也など複数のミュージシャンによるリミックス版的な上映も面白いんじゃなかろうか。正直言うと、今の生活だと1時間半〜2時間の作品を映画館へ見に行くことは難しい。でも16分だとスッと見に行きやすいし、なおかつ「映画を見た喜び」が嬉しかった。そしてトークやライブ込みの特別上映もしやすいのではないか。「映画上映とはこうでなければ」という当たり前を疑う姿勢が伝わってくる。

「ポルノスター」は1998年、あれからもう20年。渋谷の街もすっかり変わった。スクランブル交差点は外国人観光客の撮影スポットとして賑わい、桜丘は大規模再開発で町ごと無くなったし、宮下公園は更地になって商業施設建設中。ジャックナイフの眼差しで歩く場所なんて、無い。そしてヤマジさんが、たくさんのミュージシャンと共演したり活動の幅を広げているなんてあの頃考えたこともなかった。渋谷が舞台でヤマジさんが音楽の作品、今つくるとしたらどんな物語だろうか。


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after loud

一晩明けて、それでも甘く見ていたと思わざるを得ない。先月と続いてまたしても。勿論自然災害ではあるけれど、まるで警告のようにも思えてくる。
60〜70年代に建築されたものが、更新時期の90年代にバブル崩壊で後回しになって、関わる人も予算もどんどん減って技術も継承されず、大合併で市の規模が大きくなりすぎて、今この災害続き。2010年代は災害に始まり幾度も災害に見舞わされ、災害に終わるということだ。
元々の維持管理も中途半端ならば、「IT化」も行政には中途半端な試みでしか無く、結果的に情報共有が統一されていない。各行政の能力の差があからさまに出ていて、親に電話すると離れた地域の状況はテレビで見知っていても、自分の間近な状況を知るすべがまるで無いことを思いしらされる。でも父が言う「50年前もこういうことがあった」、そういう土地の記憶はたった数十年で消されてしまうのだ。今となっては結果論でしかないけれど。
日本の国土って世界から見たらこんなに狭いのに、何をやってきたんだろうとこういうときに改めて思う。自然がこれだけ教えてくれてるのに、現政権はまるで無視続けることが恐ろしい。高みの見物。国民性をよく把握しているってことなのかもしれない。そして私は故郷のことも心配だけど、会社で待ち受ける激務も恐ろしい・・・。


今日は朝から日差しが強く良く晴れたので洗濯をして、数時間でカラッと乾いたから取り込んで、近所の店にご飯を食べに出掛けた。台風前夜の土嚢対策が大変だった話を聞いて、ご飯はとっても美味しくて、お腹の底から元気になった。そのまた近所のお店でおやつ買って、なにごとも無くて良かったねって話して笑って、そのままズズズッと歩いた。金木犀の薫りがあちらこちらで漂っていた。蜻蛉も飛んでいた。夜になるとまあるい月が低い位置で煌々と輝いていた。帰宅して「いだてん」見てボロボロ泣いて(市井の人も名を残した人も同じ時間を生きている!)(思わず走り出したくなっちゃうリズム感を持った演技が出来るのは森山未來だからこそ)、ラグビー眺めながら「私の知っている”スコットランド”じゃない*1!」と呑気に思ったりした。まあこんなに災害続きの国で世界的行事やるの、リスクありすぎじゃんねえ。
どんなことがあっても時は過ぎていく。とりあえず私は元気で住む家も問題ないから、これから膨れ上がるタスクをこなしていくために、疲弊しないように心がけることにする。

*1:f:id:mikk:20191014094401j:plain:w200f:id:mikk:20191014094810j:plain:w200f:id:mikk:20191014094716j:plain:w200 まだまだたくさんあるヨ!