和菓子屋さんと白い部屋

帰り道、ちょっと遠回り。交通量が一日中多い、都内でも有数の主要道路から一本路地を入ると一気に雰囲気が変わり、下町風情な街並みになる。マンションの合間に古い家屋がところどころ身を寄せている。マンションのある場所もかつてはこんな家々が並んでいたことだろう。
狭い通りだけど抜け道としてタクシーが早急に走り抜けていくので、のんびり歩くことは出来ないくらい。日が暮れてきたし気をつけなくちゃと思っていたら、和菓子屋さんがあった。え?こんなところに?
入り口には「麩まんじゅう」と筆文字の張り紙があり、小さな店内におばあさんがぼんやりと座っているのを目に止めながら通り過ぎると、隣接する工場で白衣を着たおじいさんが腰をかがめ、銅製のボールに木へらを入れて中を見つめている。あ、炊いた餡子が入っているのだなあって、その姿にズキッとした。同じく和菓子職人である父を思い出す。足が止まった。くるっと戻って、店に入った。
こんにちは。いらっしゃいませ。おばあさんは立ち上がり優しく微笑んだ。正面ケースには上生やお饅頭などが並んでいて、どれも丁寧につくられていることが一目でわかる。練り切りのきんとんの色合いや細やかさ。薯蕷饅頭の白くぷっくりとしたつややかさ。どれもとっても美味しそう。悩んだ末に、麩まんじゅうと水羊羹をお願いした。奥から持ってきてくれて、お会計。待ちながら店内をぐるりと眺めていたらなんだか胸がいっぱいになってしまって、つい話しかけてしまった。
実は私の実家は和菓子屋をやっているんです。 まあ、そうなの、お父様とお母様と2人で? はい、そうです、こちらのお店の雰囲気や隣の工場で作業されている姿とか父を思い出してしまって。 あらーまあ、うちは主人がもう80歳になるんですけどもね、昔はあの大通りにあったのよ、でも東京オリンピックで道路を広げるときに立ち退きになってここに移ったの、裏通りだから商売としてはなかなか厳しかったけれどなんとかここまで続けてこれたわー、この界隈もすっかり変わってしまったけれど、景気も低迷したからか車の往来も随分減って、お客さんも歩いてきやすくなったみたい。
おばあさんのはっきりとした声で語られる言葉から、戦後の東京で暮らしてきた日々が立ち上がってくるのだった。ああ。この街の移り変わりには時代背景がそのまま映しだされていることだろう。その変貌を眺めながら毎日朝早くから餡を炊き、お客さんを迎えてきたご夫婦。5〜60年もの長い間、変わること無く続けられてきた日々。どんなことがあったとしても、ささやかな日常の繰り返しが今をつくりだしていく。
今日たまたまここを通りかかってよかったです。 それも縁ね、おうち帰って食べてみてね。 はい、いただくの楽しみです、いろいろお話もしてくださってありがとうございました。 こちらこそありがとう。
お辞儀して店を出る。こういうことがあるから私は歩くのだ。


そして次に向かったのは、好きだった喫茶店があった場所。譲り受け、同じく喫茶店がオープンする話は聞いていた。ふらりと行きづらいところであるし、なによりどうなのかなあと思って、開店してすぐは行くことができなかった。しかしその懸念はすぐ払拭された。入り口の緑は以前のまま青々と茂っている!
白、は同じ。けれど光源が違う。密やかで静謐な部屋が一転、風を感じる柔らかな部屋に生まれ変わっていた。
客は私ひとり。珈琲は恐らく同じ豆屋の同じ豆、ヒリヒリする苦味は変わっていなかった。向かいにあった個人商店なスーパーは無くなり、マンションに変わっていた。流れていたピアノの調べが止まると、換気扇がかたかた回る音が聞こえ、外をぶうんと車が走り、風がふぁさっと入ってくる。ああこんな静寂の一歩手前が好きだ。ぼーっと外を眺めていたら、しあわせとかなしみが一緒になってやってきたような、不思議な気持ちになった。なんだろうか、これ。
店主の女性に言う。とても素敵な空間ですね。 ありがとうございます、ここはどなたかに? いえ、実は以前ここにあった店によく来てまして。 そうなんですか、私はその店主の友人で、閉店するって聞いて引き継いだんです。 
ああ、そうか。同じだけど、違う。その理由がわかった気がした。
ごちそうさまでした、これからもまた来ますね。 よかったらまた来てくださいね。


このあと映画を見るつもりだったけれど、なんだかもうなにも入れられないなあって、今日は誰かの物語を入れる隙間はないやあって、ゆっくりと歩いて帰った。