灰野敬二×ヤマジカズヒデ

この組み合わせでライブが行われることを知り思わず声を挙げたひとが殆どだったのではないでしょうか。遂にその日が。。という驚きの声。
私は灰野さんのライブに足を運んだことはなかった。見たい気持ちはあれどもやっぱり敷居が高いというかコワイィというか、ねえ。で今回はこの機にと向かった次第。高円寺showboat。
まず、ヤマジソロはdipの曲を交えたウタモノ中心で、エンジンがあったまる前に終了といった具合でありました。
続く灰野さんソロは、凄かった。
あの前髪パッツンの長髪は灰色となり細い身躯から立ち上る気配は、此処に居るのに居ない/居ないのに居るというような奇妙な凄みがあり、音もまさにそうでした。
ギターから繰り出される音像は一瞬にして空間を染め替える。ライブハウスというハコの中にまったく違う空間が現れた。細いギターの音色は極限にまで研ぎ澄まされ幾重にも重なって、幕というよりは柱がそこにあった。私はその柱を見ているようでもありその中に入り込んだようでもあり、全く訳がわからなかった。
柱の中からキーンと高周波の声がやってくる。圧倒的な音の力が強靭な響きでやってくる。でも不思議なのはその重みは決して「重い」のではなく実感がないことだ。この感覚、いったいなんなんだろう。合気道の力入れなくてもひょいって倒しちゃうあの感じ?
限りなく澄んでいるけどとてつもない深度があって底が見えず、匂いも色も光もなく、音を体中で感じ取った。

そして2人のセッション。
ギリギリガガガギギギギューンギリギリギリギリギギギ
不協和音が鳴り響いた。鳴り響き続いた。凄まじく美しいとしか言いようが無い。
2人のギターワークの戦いではなく、それぞれが自身の音色を全身全霊で奏でながらもエゴというものがなかった。喜怒哀楽とか感傷とかそういうものから生まれる音ではなくって、音の、もっと根本の、純粋な部分が抽出されたような。
先の灰野さんソロも凄かったけど、ヤマジのギターが絡まることでまた違う次元の凄みが現れた。
さっき書いた「限りなく澄んでいるけどとてつもない深度があって底が見えず、匂いも色も光もなく、音を体中で感じ取った」、その純度が高まったような。
柱を左右から互いに削りあって彫塑を作り出してるみたい。柱の素材は鋼でもあり氷でもあり。そうやって生じる音の波なのか煙なのかよくわからない渦にぐるぐる飛ばされたり吸い込まれたりしているうちに、足の感覚がなくなっていることに気が付いた。
うちへ帰ると一気に重力が降りてきたようで、足も胃も重いわ痛いわタイヘンなことになっていたのだった。