「らんまん」な日々

NHK連続テレビ小説「らんまん」全話を毎晩楽しみに見続けた。牧野富太郎がモデルであること、主演:神木隆之介 妻役に浜辺美波という配役に心躍り見始めたのだけど、素晴らしかったなあ。毎日15分づつ半年をかけて語られる「ある人物の日々」。仕事で疲れて帰宅した私に沁みて泣いて笑って、付箋を付けてくれた。



まずは長田育恵さんによる脚本。台詞の豊かでしなやかな強さ。展開の巧みさ。主人公目線だけではなく、周囲の人々も疎かにせずひとつひとつの人物像を丁寧に描いていることも素晴らしかった。だからこそ、わかりやすい悪役がいなかった。主人公の後世に残る業績は彼ひとりで生み出したものではないのだ。文献に残らない日々のささやかな何かの積み重ねがあるからこそ。それは世の中には雑草はなく、草花はそれだけで咲くものではないということでもある。



登場人物の「好きなもの」がアイテムではなく「その人の信念の根拠」、行動原理になっているから、話の展開に無理がなく、ああ、だからこんな選択をするんだなとすんなり理解出来て違和感がない。
長田さんが膨大な参考文献の隙間に疑問に持ち、想像を膨らませ肉付けする姿勢に誠実さと信念が感じられる。
偉業を成し遂げる夫とともに暮らした妻はどう生きたのか。家事をし夫を支えていただけなのか? と考えると、牧野富太郎は普通の生活ではなさすぎるから、いったいどんな人だったのかと謎でいっぱいになる。
そこで妻を「八犬伝に魅了され冒険に憧れを抱く、元芸者の母が始めた菓子屋の娘」と設定し、その後の選択肢に説得力が生まれるうまさったら。そして万太郎と寿恵子は互いを尊重し尊敬し愛したことが随所で描かれていた。更に万太郎を育てた祖母や姉、長屋の人々などはっきりと自分の言葉を持っている人ばかりだった。
単純に「文献を調べれば分かる過去の時代」を書くのではなく、「書かれてないだけでもしかしたら?」と妄想し、今視点での問題定義も含みながら、刷り込まれた価値観を更新すべく、私たちへの希望を記した意志を感じるのだ。


朝ドラはテンション高い演出が辛くなって離脱・・・が多いんだけど、「らんまん」はその匙加減も良かったな。シリアス過ぎずコミカル過ぎず、見てて疲れない。何しろ、ある意味「トンデモなヒト」の万太郎を神木さんが演じることでかなり救われてた。神木さん自身が持つ愛らしさ(今年ようやく30歳!)で嫌味にならないというか。演技で言えば、浜辺さんは「ピュア! 」での腹黒コミカル演技が素晴らしくて我が家ではファンになったんだけど、今作では繊細さも加わって素敵だったなあ。一時は万太郎が全然登場せずに彼女の奮闘がメインの状況もあって、いやはや素晴らしい。



そんなことを思っていたところ、最終回を前に「あさイチ」ゲストでの神木さんトーク
・「植物に関する台詞ばかりではなく、寿恵子との何気ない日常の場面をこまめに入れてもらうようにした」「万太郎はダメなところが多く嫌われてしまうと思ったので、印象を決定づける序盤で竹雄演じる志尊淳さんと話し合いながら、『万太郎はしょうがないやつだなぁ』と思われるように心がけた」
・長丁場で過酷でもあるので、「ふざける」ことを大切にして常に「楽しい現場」であるようにした
浜辺美波さんは歳下の印象から「戦友」とでもいうような頼れる存在になり呼び名が「浜辺」と名字呼び捨てに変わったほど。
など、主演という枠を超えて、作品全体をプロデュースするような役目を果たしていることに驚いた。朝ドラって新人の登竜門的なイメージあるけど、ベテランがやったほうがいいんじゃないのかしら・・・


そして、表舞台を支えるスタッフワークの見事さ。植物はもちろん、植物画や新聞などなど、細かな部分まで時代考証をしつつ、大変な業務だなあと改めて思う。石版印刷技術を習得するくだりの描き方もすごかったなあ。普通のドラマならばあっさり会得するだろうにかなり時間をかけていたから、それだけ小道具や技術指導大変だっただろうし、どんなことにもリスペクトが感じられた。


そういえば、植物標本保存に欠かせない「新聞」の存在。劇中にはさりげなく当時の報道を伝える役割があったけど、実際に富太郎の元へ全国各地の植物愛好家から贈られた植物標本が整理された後、不要になった新聞紙自体も「社会学的に貴重な資料」だと別途寄贈された、という話にはナルホド・・・(ちなみに全ての標本が整理されたのは数年前で、現在はデジタルアーカイブ化中だそう・・・いつ終わるんだ・・・)
www.nhk.or.jp


最終週の展開も、ビックリしつつもその後の視点が入ることに継承が感じられた。偉業を成し遂げて終わりではなくて。
思い出すとキリがないけど半年間、ありがとうございました◎




最後に、6月19日(月)に書いた日記を再掲します。
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今日の「らんまん」は泣いてしまった。名言のオンパレード。泣いてしまった。これをアップすることは日にちが過ぎてるからセリフをここに残す。

万太郎「花が日差しを待つように水を欲しがるようにワシという命には貴方が必要なんです」

丈之助 「それって万ちゃんの都合だよね、自分の都合のためについてきてって言ってるよ

この丈之助の発言!今までそんな視点のセリフ、テレビドラマで見たことある?……震えた。

そしたら。

寿恵子「そうですね、それって牧野さんのご都合ですよね。だから私も自分で決めます」「私冒険に出たかったんです、自分の力を思いっきり試せたらいいなって思ってました。でもこの部屋を見るまではわかっていなかったです。あなたと生きるのは途轍もなく大変ということ、あなたは草花の道をひたすら突き進んでいく、そんなあなたと並んで走るなんて大冒険です。あなたと毎日今日を生きるだけでひたすら大冒険なんです」「私あなたが好きなんです、だから私、性根を据えなきゃ。あなたと一緒に大冒険を始めるんだから。」「そのかわり約束して。図鑑を必ず完成させてください。馬琴先生の八犬伝は全98巻106冊です。先生は目が見えなくなっても最後は口伝えで完結させたんです、だからこそ八犬伝は傑作なんです」

登場人物の好きなものが、アイテムではなく行動原理と思想になっているところがすごい。だから説得力があり、寿恵子の生き方に繋がっていることがとてもよくわかる。

更に

丈之助「馬琴なんて古臭いよ。子供の頃読んだ面白さは忘れられない。でもそれじゃ日本人はいつまで経っても世界に通用しないんだよ。愛着があるからこそそれを引き剥がして捨て去らなきゃ」「見てろこれから新しい作家がどんどん出てくる、馬琴を葬り去るために」

ここで脇役の丈之助の生き方もきちんと描かれる

寿恵子「それでも消えません。例え作者が亡くなったとしても完結した物語は消えないんです。本を閉じても輝いているし心から心に渡されていくんです。100年経っても消えやしない、完結した物語は生き続ける。完結してなきゃダメなんです。完結して全部がそこにあるからこそ人は読みたいと思うんです」「だから牧野さん、日本中の草花が全て載っている図鑑、見てみたい。そばに置きたい。気になった草花の名前を私も知りたい その図鑑は100年経っても色褪せない 必ずやり遂げてください。」

こうまで言われたら、やり遂げるよねえ。