Dean Wareham Plays Galaxie 500

Galaxie 500は私のなかで特別な響きを持っている。粗い目で織られたガーゼがそよぎ、ササクレだって、どうにもならないもどかしさが諦めを抱えながら漂い、遠く静かに叫んでる音*1。ああ、それは若さゆえの感触だったのだと痛感させられたライブだった。

ディーンさんが奥さんのブリッタさんと連れ立って、ギャラクシーの曲を演奏するライブがあるって知った時、「う、わー。これはウラミハラサデオクベキカ〜ってコトか!」と驚いた。「再結成」や「再現」ライブ流行りの昨今だけど、これは「”Dean Wareham Plays” Galaxie 500」なのだ。 Galaxie 500の再結成ではない。彼らの再結成はあり得ないし、ディーンさんがギャラクシーの曲だけやるってコト、その意味を考えずにいられない。

さて当日。SEはspacemen3やフランソワーズ・アルディやフィーリーズにbig star、ナルホドな選曲、コレはdeanさんセレクトだったりするのかしら?
いよいよ登場。歓声。1曲目イントロの、爪弾かれたギターのフレーズを聴いたら、ただそれだけで、ぶわーっと立ち上がってくるモノがあって、涙腺が緩んでしまった。あー、あー、あー。
久しぶりに見たディーンさんは声がやけに強くしっかりとしていた。にゃーにゃー節は健在なれど、消えゆくように呟き唄うのではなかった。ギターもアグレッシブで、ちょっとびっくりしてしまうくらい懐が深い音に変化しつつも、ディーンさんの音だった。細かにブレながら永遠に鳴り続けているんじゃなかろうかって意識が遠くなって、ぐぐっと胸の奥が掴まれるのだ。そのとき、揺らいだ空気に青い炎がふっと灯る。淡々と地平を漂いながら、いきなし浮上してくるあの瞬間。魔法にかかったみたいだ。そのたびに涙がこぼれていた。

それにしても今日の演奏は逞しいくらい。足がしっかり地についているというか、愛する妻であるブリッタさんとの日々が音に結びついているように思う。ディーンさんは気難しくてひとりで拗ねてる印象があったけど、もう、そうじゃないんだなあ。lunaのときもギャラクシーの曲やったけど、感触が全然違う。
私の脳内に刻まれているGalaxie 500の面影はそこにはなかった。ディーンさんは20年の歳月を掛けてようやく昇華させたんじゃないだろうか。この公演のキッカケはわからないけれど。そして、聴いている私自身もまた、昇華した気がする。

Galaxie 500を好きになって、しばらくして新聞広告で「解散のため来日公演中止」を見て驚愕したことを思い出す。lunaもDean & Brittaも、damon&naomiもいつも私の傍らで鳴っていた。ずっとひとりで聴いていたけれど、いつからか2人で聴くようになった。そのキッカケはlunaだった。そしてこの日も2人で観に行った。だからよけいに感慨深いのだ。
「 Fourth of July」を多幸感に包まれながら聴くなんてね。ステージから伝わってくるささやかな幸せが会場をいっぱいに包んでいた。ありがとうdeanさん。今度はDean & Brittaで来てね。sonicさんも一緒にね。

*1:最近のバンドに対して「Galaxie 500のような」って容易に付けるのやめてほしいなあ。結局リヴァーブを必要以上につけてるだけだったりするジャンカ。ああいう音に”なってしまう”のと、ああいう音を”つくって”出しているのとは違う。