文化屋雑貨店

2015年1月をもって文化屋雑貨店神宮前本店を
閉店させていただくことにあいなりました。
40年もの長き間ご愛顧頂きまことにありがとうございました。
http://bunkayatokyo.jugem.jp/?eid=2113

原宿のずっと奥まったあの場所に、足を運ばなくなって何年だろう。会社勤めを始めてからは遠のいていた。ゴチャゴチャした店全体が宝物箱のような雰囲気に心身ともに自由に埋没できるのは、学生の特権かもしれないというのはズルいだろうか。高校生のときに東京に遊びに来たときの、上京してからの学校帰りや土日の、文化屋へ向かうときの感覚を皮膚の底から思い出す。今日は渋谷駅からLOFTとクワトロ行って(=WAVEも)、HMVにZEST、宇宙百貨からPARCO、PALAVIONに寄ってからAu Temps Jadisでひと休み。高架下を潜ってから遊歩道へ向かってniceに行ったり、点在するちいさな古着屋に雑貨屋を覗きながら(zaccaもね)ラフォーレへ。それから更に歩いて突き進んだところの文化屋に向かうのは、ちょっとしたゴール気分。時にはGHEEでカレーを食べたり、ワタリウムへなんてのもある。

先の文章はこう締めくくられている。

お店をやるということは基本的にお店にいらっしゃる方を
お待ちする〈待ち〉の概念で仕事をさせていただきましたが
これからはこちらから向かう概念で個人的には海外の要望を含め
仕事をしていきたいと考えております。

ここに、時代の変化を痛感せざるを得ないのだ。

最近、ポール・スミスが文化屋をお気に入りでコラボしたとか、本が出版されたとか、ニュースを目にする機会が続いたけれど、こういう布石があったからなのか。

D&Dで展示を開催したのも面白く興味深い話しだ。文化屋のハレーションを起こすグシャグシャ感は、D&Dがテンプレートにした「すっきりと、よいもの」なアプローチとは真逆だから。
http://www.d-department.com/event/event.shtml?id=8961738025303931
文化屋で売っているものは安いけれど、パワーが強いからセンスが問われる。今は安くてもある程度質がよく抵抗感のないシンプル具合で盤石、センスが問われることが少なくなった反面、世の中には素養の無いゴチャゴチャ感が増大し、「キッチュ」という感覚が薄れてしまった。


友達のような先生のような、店だった。