「other music」を見て思い出話

2016年に閉店したNYのレコード店「Other Music」のドキュメンタリー映画を、漸く見ることが出来た。未公開映画の紹介や配給を行うグッチーズ・フリースクールが「本と音楽の映画祭 Home School Edition」と題して、期間限定でオンライン配信をしてくれたおかげだ。昨年春に行われたオンライン配信は、支払方法が気になって見なかったのだ。
https://gucchis-free-school.com/event/homeschool/

既に本編配信期間は終了なので予告編を。

『OTHER MUSIC』(アザー・ミュージック) 日本語字幕付き予告編


other musicについては昨年も書いたけれど、映画を観た後として改めて記すことにします。


冒頭、NYの街並とあの店が映し出された瞬間から、ブワッと胸の奥から立ち上がるものがあり、半分涙ぐみ笑い、グッと胸に刺さりながら見た。私の唯一の海外旅行が96年6月のNYで、当時はネットも無く、雑誌や人づてに情報収集も出来ず、とにかく歩いて気になった店に入った旅の最後に見つけたレコ屋が、other musicだった。


“記念に”自由の女神やワールドトレードセンターの展望台にコニーアイランドの遊園地も行ったけれど、サーストンに会えればいいなとアホな気持ちを胸にNYの街の中を歩いた。事前にめぼしい店を見つけてはいなくて、グリニッジ・ビレッジでは中古レコに雑貨、トライベッカやソーホーではギャラリーを見つけては入った。それからチャイナタウンを経て北上しながら歩き続けて、タワーレコードに入ったものの、oasisなどイギリス勢がメインの状況にアメリカのレコ屋という感じがしないなあと出ると、その近くにレコ屋を見つけた。天井が高くオシャレで明るい雰囲気で、入ってみると壁にヨラテンゴの”President Yo La Teng“と“New Wave Hot Dogs“が2LPで再発されて、ズラリと並んでいた。


ZESTみたいなレコ屋だ!って興奮した。新譜で、インディーものが並んでて、ウワー!これ!って昂った。ZESTがノアビルから向かいに移転したのは95年8月*1なので、旧店舗と異なり光を感じる店内と什器はother musicを参考にしたのだろうか。ちなみに「other music」のロゴはspacemen 3と同じフォントでは?とモンチコンの人が書いていて*2、確かに三角形のCD棚△が” Threebie 3”ぽい。

Threebie 3

Threebie 3

  • Space Age Recordings
Amazon


店内あちらこちら「目移りするのはこのこと」だったものの、既にお金はほとんど無く、7インチだったかをほんの数枚買ったぐらいのはずなのに何を買ったか覚えていない!酷い!英語は一切出来ず、クレジットカードも無い、20代前半のCD屋店員の若さ故の無謀な旅。


95年開店だからその翌年に、何にも知らずに運良く行ったんだなあ。写真も何でも撮ろうとはならなかったし(フィルムだし、怖かったし)、汚い文字でしか記録してない残念な私。
 *旅記録をその場で書き殴っていたのです*
映画では客がたくさんだったけど、当時はそこまでではなかったはず。そういえば店を閉じた時の片付けで「人気のある棚の周りの床が一番禿げていた」のが面白かった。そうやって店の歴史が作られたのだ。


ニューヨーク大学のあるエリアの、タワーレコードの近くに立地し、経営と接客のタイプの異なる2人の共同経営であること、魅力的なスタッフを雇用したことで品揃えが深くも広がったことが、90年代後半以降の音楽シーンとうまくリンクしてたんだなあ。眠ってた名盤が発見されて続々再発し、アメリカ・イギリス「以外」の国の音楽も紹介され(私も非常階段などの日本のノイズものがたくさんあって驚いたことを記していた。

セルジュ・ゲンズブールを取り扱う流れはナルホドだったし、エスキヴェルあたりの再燃話にああー!だったし、ghostも登場したけどこれがdamon&naomiに繋がるのか!とか、ヴァシュティ・バニヤンなどこの店で知った盤が新たな音を生み出し、2000年頃にNYの音楽シーンが面白くなったのだと思うと、ファミリートゥリー的な広がりに震えてしまう。


→ 「アザー・ミュージックのオーナーが紹介する“アザー・ミュージックを象徴する10枚のレコード



恐らくは音楽が街から生まれた最後の時代だろうか。インターネットによってこれまで店内で交わされた音楽談義がネットの掲示板上で行われ、店に行かずとも決め打ちで購入できるようになった状況変化がとても象徴的。


こちらの記事を読むと、閉店後も「音楽好きの場を作り出す」心意気で活動を続けていらっしゃるけれど、今はどうなってるのだろうとサイトを見たら
www.othermusic.com スタッフたちが2020年ベストアルバムを発表してた!
「If you discover something you love from one of these lists, we hope you'll support the artists and labels by purchasing their music on Bandcamp or from your local independent record store. We wish all of you a safe end to 2020, and a much happier New Year to come. Enjoy the music!」


ネットが閉店の一因とはいえ、googlemapを見れば今でも追体験出来るよ!

https://goo.gl/maps/Fjs7z8YWspvPvZ9w5


街を歩き、店に入り、店主と話しながら見つけたものを購入し、家で聴いた音楽に影響されて、スタジオでセッションし、新たな音楽が生まれ、ライブハウスやフェスで誰かに聴いてもらう。もはや前時代の、今では禁じられた遊び事。私たちがマスクをせずに、なんの気兼ねも無く家から出ることを自由に出来るようになった頃、街には何があり、何に出会い、何が生まれるのだろう。とにかく今は、みんなが健康のまま暮らしを続け、希望を持つ体力を残して、一変した世界で歩き続け、また見つけていきたいのだ。