石岡瑛子 I デザイン / 茨城県近代美術館

午前中に日立市市街地を散策。

久々の遠足:茨城県日立市の建築まち散歩 - 音甘映画館
茨城県日立市の建築まち散歩2:素敵教会に出逢ったの巻 - 音甘映画館


昼前に水戸駅へ移動し茨城県近代美術館へ。開催中の展覧会「石岡瑛子 I デザイン」のチケットをいただいたのだ。
www.modernart.museum.ibk.ed.jp



石岡瑛子といえば広告から映画まで、幅広く精力的な活動で知られる世界的なデザイナーであり、「強い」印象がある。そのイメージを広げ深めてくれた、凄まじい展示内容だった。


資生堂宣伝部でキャリアをスタートしてまもなく手掛けた、前田美波里のあのポスターから発せられる、瞳の強さ光の強さは今もこちらの心をズドンと射抜く。どの作品もそんな「力」を持っている。静止画像なのにフツフツと蠢いている。
校正紙も多数展示、的確にハッキリとした言葉で指示がビッシリ書き込まれていて、自らのイメージを如何に伝えるかという知性があった。


ある意味ハイカロリーな展示物なのだけど、不思議と疲れないのは石岡さんが常にコミュニケーションを大切にしてきたからだろう。もっとも、デザイン、こと広告の仕事はコミュニケーションそのものだ。商品・クライアント・スタッフ・消費者・時代性……あらゆる物事を向き合い、自分の意志を通しながら他者の気持ちを汲み取って、表現する。その根本を深く理解し体現し続けてきたことが、膨大な量の仕事を「展示物」として向き合い痛感した。


資生堂の入社面接で「お茶汲みなどはやりたくない」「男性と同じ給料をいただきたい」と啖呵を切った逸話が紹介されていた。相当の圧力はあっただろう。それを覆すほど彼女の意志と能力は高く、しかし自分を貫くだけではできないはずで、折しも70年代の広告業界は時代のトップランナーとして華々しく存在していたころだ。同世代のクリエイターたちに刺激を受け、刺激を与えながら「共闘」してきたことが、伝わってくる。


成し遂げてきた仕事は広告だから、本来は消費されるものだ。しかし作品として今も残り、強烈な熱は消えていない。


時代の移り変わりも興味深い。石岡さんといえばPARCOだけど、東急百貨店の現ロゴマークを手掛けていてビックリした。1989年、まさに「CIブーム」だったころ。東急が文化施設Bunkamuraを作り「打倒セゾン」を狙ったであろう、そのイメージ刷新を「セゾン文化のイメージを作り上げた張本人」に託したのだ。


70年代までは日本の広告業界で活躍、80年代にニューヨークに拠点を移し、ハリウッド映画をはじめとしたエンターテイメントへ場を広げた。常に新しいことをチャレンジし続けるパワー。
学生時代の課題もあって、50年代のポップで可愛らしい作風に驚きつつ、でも石岡さんの素がなんとなく浮かんでいて、嬉しくなった。この頃ですでにデザイン力が高いことにも驚いたし、「絵が描ける人」なんだよな。だからアブストラクトな表現の手描きも納得・・・



石岡瑛子カラーな真紅の使い方やキャプションの説明など、展示構成も素晴らしい。日本とアメリカに分散されているアーカイブをまとめ展覧会を実現させたのは実妹でアートディレクター、グラフィックデザイナーの石岡怜子さんの、姉を理解し尽くした上での尽力が大きい。以下の記事に詳細が語られているのでご一読を。

石岡瑛子|NPO法人建築思考プラットホームPLAT|プラット


展示図録はコンパクトながら展示内容がギュッと詰まっていて良い。
石岡瑛子Iデザイン

自分で自分のデザインが正しい答えになっているかどうかをチェックするときに、マントラのように唱える言葉がある。それは"Timeless""Originality""Revolutionary"です


久しぶりの遠足で思いがけず背中を押してもらい、鑑賞した展示に強い感銘を受けたことがとても嬉しい。