Stitch by Stitch〜針と糸で描くわたし


東京都庭園美術館にて「Stitch by Stitch ステッチ・バイ・ステッチ〜針と糸で描くわたし」展を見ました。
ここでいわゆる現代美術も珍しいです。でも「刺繍」という表現方法は、アール・デコ様式が美しいこの建物の世界感にあっているのではないかと思うし、何より「芸術はこうあるべき」という固定概念にこだわること無く挑戦した学芸員さんの試みが素晴らしい!しかも参加するのは、新進気鋭の若い作家ばかり。実際行って更に驚いたのは、各人一部屋を使用し、新作を出展させていたこと!当の作家さんにとっては今までに無いプレッシャーがあるのはもちろん、とても嬉しい機会だったはず。こんな経験、ありえないもの!
実のところ昨今の「ほっこり」人気の流れがこんなところにも…と思ってたけど、会場に入ってその穿った見方は吹き飛びました。

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まず最初にぐっときたのは、入ってすぐのところにあった手塚愛子の「落ちる絵」。
玄関ホールの真ん中に天井から吊るされたとても大きい作品。白のオーガンジーに赤い糸で刺繍されているのはベラスケスなどいくつかの世界の名画の「模写」で、これを刺繍でやってしまうことがすごいんだけど、そこに加えて「あやとりする手」とかも並んで散りばめられている。批評精神?みたいなものが感じられてオモシロいなあと思いながら、裏へ回って文字通り「息を呑んだ」!
縫われた赤の刺繍糸がそのまま束になって、天井へ引っ張り上げられ、すとん、と床に落ちて広がっている。それは血のようだった。オーガンジーが白い皮膚としたら、その中に張り巡らされた毛細血管をざざざと巡り、だらりと滴り落ちた赤い血の海のよう。うわああああ…。
そこには「執念」というか、根詰めて縫った思いが溢れていて圧倒されてしまった。

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奥村綱雄の作品は「夜勤で警備員をしながら刺繍する」という行為自体が作品のコンセプチュアルアート。やったもの勝ちのアレで笑いを誘うけれど、ギチギチに刺繍されたブックカバーに「費やした時間そのもの」を感じ、やっぱりこれにも「執念」が感じられたのでした。

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伊藤存の作品は以前ギャラリーで見て以来好き。さらさらとした描線は絵の具の代わりに糸を使って描いていたもので、その飄々とした作風はデコラティブなこの空間には合わないように思えました。ちょっと息苦しそう。。。展示方法もブツ切りに見えてしまい、独特の「移り変わる心象風景」を眺めることができなかった。初めて彼の作品を見る人にはそっけないものに思えてしまうのではないかしら。のびのびとした場所でまた見たいです。

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吉本篤史の作品はオーガンジーに玉留めをいっぱい施して、時にきゅきゅっと引っ張られたシワがあったり、それらが上手い具合に画面にリズムをつくりだしていて、絶妙な構成も良くってなんとも素敵! 見てて嬉しくなってしまう。現在はこのモチーフでは製作していなく、「タオルや靴下を刻んで糸を引き出しては床に放り投げる」ことに執心しているということで、それを再現したものがインスタレーションとして発表されていました。これにもぐっときた…。散らばった布のカケラと糸、それだけなのに、理屈とかではない、こうせずにはいられないんだっていう思いがぎゅうっと、ふあっと、浮き上がっていて、みとれてしまった。ぎゅーっと突き詰められた興味の先をこれからも見たい。

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秋山さやかは「歩いた道を地図上で辿り、その道筋を刺繍する」という作品で、かねてよりファンというか、勝手ながら「散歩好き」としてのシンパシーを感じております…。「歩くこと」は日々の出来事であり、「行為」として目に見えるカタチで刻むために「刺繍を手段に」作品として昇華する。一針一針のリズムは一歩一歩のリズムと似ていて、ナルホドー!って嬉しくなる。光が差し込む明るい部屋に吊るされた布の地図には色とりどりの糸が幾重にも行き交い、スパンコールや紙などがきらめき、鮮やかなわたしの日々となって輝いている、なんて素敵なのだろう。
更に驚くべきことに!書斎のすべての窓のカーテンを開け放って、彼女の「仕事部屋」として作品化されていた。かの麗しき部屋がぐちゃんぐちゃんに散らかって、無造作に糸やら布やら紙やらなにやら広がっていて、ぎゃーなんなのこれは!すごすぎる…。こんなことよく思いついたなあ。実現出来たなあ。

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清川あさみの作品は、女性のヌード写真にビーズや刺繍糸を縫い付けたもの。広告写真のようでもある。部屋が清川さんの薫りに染められていた。何枚かあるなかで、今回の展示ポスターに使われた作品が彩るスパンコールのラインが、いちばん美しかった。

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今回展示された作品に多く見受けられたのは「縫う」という行為は「時間の経過」であり、「私が生きた証」であり、「こういうものを描きたい」というよりは、"製作過程も含めたうえ"で「これがわたしだ」という作品として提示されているということです。
「刺繍」というと「手芸」でくくって、絵画などよりも下に見がちなところがあったのは事実です。でも「一針縫う」ことも「一筆置く(塗る)」ことも表現方法として変わりなく、「芸術」なるものに対する批評も兼ね備えた表現なのだというと大げさかしら。

http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/stitchi/
(字ばっかりになってしまったので、チラシ画像を転載させていただきました)


さて、この日は「ふらりとワーク」というイベントが行なわれていました。

糸や布、道具などを揃えたささやかなワークショップコーナーをご用意します。展覧会を見て、針と糸で何かをしてみたくなったら、ふらりと立ち寄ってみてください。
何を縫ったらいいか悩んでしまう人は、伊藤存がこっそり用意した小さなピースに刺繍をしてみませんか?ここだけ見ると何の模様か分からないけれど、実はこのピースは伊藤存の作品の一部になっています。最後にはすべてのピースをつなぎ合わせて完成させます。

とのことで、刺繍も編み物も、ボタン付けすら出来ないこの私が無謀にも挑戦してきましたよ!
20cm四方の布に線が引かれていて(いかにも伊藤さんらしいふらふらな描線)、そこを縫うのです。初心者向けの小さいものにしました。糸は色とりどり用意してあり、布がくすんだ黄緑みたいな色だったので緑系統で合わせてみましたよ。
これが楽しかった!よくわかんないまま始めたので適当にやっちゃってるんだけど、色を選んで線を作っていくことは絵を描くことに似てるように思えました。さっきは作品を「見て」そう思ったんだけど、実際に縫ってみたことで体感することができました。

きたないから小さくね…。
おまけで「刺繍ミニキット」をいただきました。図案が「シクラメン」で、作るのに必要なものが入っているのです。嬉しい!とはいえこれが私の趣味になるかどうかは微妙だ…(や、性格的に向かない…。)あ、決められた図案があるよりも、自由に縫ってカタチが表れるようなのが向いてるかも。
この場で製作された「刺繍が施されたピース」をつなぎ合わせた作品は写真を撮ってポストカードとして郵送してくださるとのこと、楽しみです。



庭園をお散歩して帰りました。