パンダに逢いに行くつもりじゃなかった

今回の旅では和歌山に行きました、と云うと「あ、白浜にパンダ見に行くの?」とか「熊野古道?」と聞かれたのですが、いえいえそうではありません。和歌山市内をぶらり歩いた旅でした。それから、海を挟んだ”お隣の”徳島市を行き来しました。本州:和歌山市〜四国:徳島市間はフェリーで片道2000円、2時間で行けるのです。
そしてこの2つの街は共通点がいくつもありました。港町であり、城下町であること。街の中を川が流れていること。このため街の地形・構造が似ているなあと思いました。そして繁華街を歩いていると平坦でスーッとしていて、建ち並ぶ家屋にはあまり古さを感じません。少なくとも昭和に入ってからの印象があります。それはどちらの街も歴史ある城下町でありながら大空襲にあい、市街地が焦土と化したことによるのです。



和歌山市は衰退した商店街という嬉しくない話題で取り上げられることが多い都市です。
「ぶらくり丁」と呼ばれる中心商店街は、江戸時代に商人が集まったことが始まりであるほど長い歴史を持ち、昭和初期には百貨店や映画館がいくつも出来て非常に賑やかだったそうです。ところが1971年に路面電車が廃止されて駅からの交通手段が無くなり、1986年には町中にあった大学が郊外に移転したことで若者の姿が消え、90年代に入り衰退が進むなか郊外にSCが出来、高齢化を迎えた商店街は後継者がいなく、閉めた店舗を今の時代に即して安価で若者に貸すつもりはない…。
昨今の急激な社会変動に対応出来なかった典型例で、GWに行った岐阜市などを思い起こします。
岐阜市柳ケ瀬を中心に若い人が出店しやすい仕組みが生まれ、この10年で広がりを見せていましたが、和歌山市は正直なところまだ・・・といったところです。空き店舗の活用に行政が働きかけをしているのは感じられますが、若い人が作り出そうというささやかだけど自由な雰囲気は生まれていないような気がしました。でも恐らくはこの数年で一時期よりは盛り上がってきた空気を感じました。



和歌山市駅にほど近い住宅街の路地を曲がった角に突如表れる、御影石が土台を造るクラシカルで厳かなビルヂング
中に入ると1階はカフェ、2階は食器を販売、3階はギャラリー。階ごとに高い天井を持ち、重厚な建物に細長い窓が美しい。暑くて汗をダラダラ流してキョロキョロする”いかにも地元以外の客”に、お店の方が話しかけてくださった。
ここは元々、昭和の始めに建てられた建築会社の事務所ビルだったとのこと。設計は早稲田大学建築学を学んでいた学生で、若い人に敢えて頼んだらしい。戦中の大空襲で界隈の建物がほとんど焼失したなか、鉄筋コンクリートづくりのこのビルだけがぽつんと残っていたそう。その後も会社として使用されていたものの、1990年代にカフェやショップが入った店舗として生まれ変わったそう。2000年には国の登録有形文化財として登録されています。 
古いだけに隙間風が入るし、ぼろぼろのところもあり維持はやはり大変なようですが、空襲により歴史的建造物があまり現存しない和歌山市に於いては貴重な存在であり、お店の方も大切にしていきたいとおっしゃっていた表情がとても素敵で、気持ちは顔に表れるのだなと思いました。


それからふらふらと歩いていたらこんな橋桁がありました。

戦争を乗り越えて残っているみたい。モダンなカタチ。


夜ご飯を食べて腹ごなしに夜のお散歩をすることに。こっちのほうに珈琲屋さんがあったはず・・・と既に暗い市道をテクテク歩いていきました。住宅、商店、マンションがまばらに繋がる道。20分近く歩いたでしょうか。携帯会社のショップが煌々と輝く交差点の向こうに、「じゃんじゃん横丁」と書かれた小さな看板が見え、、、

わわ!なんだコレは!こんな建物の店だったなんて。写真が暗くてわかりづらいですが、角が丸くなっていてモダンな印象があります。

お店がいくつもあつまっているみたい・・・誘われるように中へ進む。

わあ!素敵。ライトで照らされて雰囲気がとっても良い〜。
この真ん中あたりに珈琲屋さんがあり、入ると客は他にいなかった。2階建てで意外と広い。珈琲はすっきりと美味しかった。静かでゆったりとしてて、のんびり出来る空間。いいな。
店主さんはにこやかな方で40代くらいだろうか。会計時に東京から来たことを告げ、この建物について尋ねてみると予想外に面白い話しが待っていたのです。

ここは昭和30年に出来た「商店街」で住宅兼用の集合住宅です。八百屋や魚屋など生活に密着した店が連なり、周辺に住宅が増えるとともにとても繁盛していたそうです。
ところがバブルの頃、儲かっていたこともあって商店街のほうへ移転する店が続き、時代の変化もあって空き店舗が増えていき寂びれてしまいます。そんな折、オーナーの子息がここを引き継ぎ、新しくビルに建て直そうかと考えつつ友人達に相談をしたところ、紹介を受けた大阪の設計家にこの建物の形状の面白さに残すことを薦められたのです。「角がまるくてクラシカル、そんな店舗住宅そうそう無い。自分たちでリフォームすればお金がかからないよ。」更に「面白い場所があるんだけど店を開いてみたら?」と云われて興味を持ったのが、この珈琲店の店主さんなのでした。その後店が店を呼ぶように、若い人による飲食店などが入るようになり、今に至るとのこと・・・
ただ美味しい珈琲が飲みたくて向かった店に、こんな歴史があったなんて!
ほへーっとビックリしてたとこへ常連のお客さん達が入ってきて、ごちそうさまでしたと店を出て、改めてこの建物を見上げた。昼だとまた雰囲気違うだろうなあ。

長い年月をかけて培われてきた街。焼失し機能が途絶えようとしても、ぽつんと残った小さな灯火が今に繋がっていくことを感じるのです。