「ファースト・カウ」

映画『ファースト・カウ』オフィシャルサイト


「ケリー・ライカートは現代アメリカ映画界において最も重要な監督ともいわれている」、と説明が付くことから伺えるように「コアな映画好き」には浸透しているものの、ライト層には伝わっていないように思う。私自身名前は目にしたことがあっても映画マニアでないと理解出来ない作家だと感じ、スルーしていた。


今作は12月下旬に公開したものの把握しておらず、年末にmaplecateveさんが寄稿された映画評とともに『最初の商売、最初の人間、最初の経済。ドーナツ。牛が見る星。』と残した言葉が印象的で気になったことがキッカケだ。
【解説】映画『ファースト・カウ』地図にない世界で輝く星々|CINEMORE(シネモア)
ちょっと調べたら「西部開拓時代直前」が舞台で「ドーナツをつくって一獲千金を狙おう」とする男2人の物語、って導入部にファッ?!となったのだった。



OPのギターの音色でぐっと掴まれ、ファーストシーンの横移動の美しさに、ああ!これは私大好きなタイプだわ!と震えたまま光の端っこに、衣装の細やかさに、仕草で語るストーリーに諸々見惚れながらの2時間。ラストシーンのぶった斬りの豊かな余韻。はあ・・・
ゆっくりとした流れで声高にならず、台詞で語らず、光と影が彼等を捉え、音が映像に溶け込んでいる。人物の些細な仕草で人となりがわかるし(特に主人公のひとりクッキーの優しさったら)、その積み重ねが彼等が取った選択に繋がると無理なく感じ取れる。そこに時代背景が美術や台詞で捕捉されて非常に豊かな織物のような映画だった。


ギターを奏でる音楽担当はウイリアム・タイラー。名前だけだと全然わかんなかったけど、帰宅後調べて出てきたジャケに「うわ!この人のなの!」と愕然。アルバム持ってるよぅ、好きなのよぅ(名前覚えられない人なもんですんません)。


更にパンフで知ったんだけど「劇中にフィドル奏者としてペイブメントのスティーブン・マルクマスがカメオ出演」してたの?!えええええ。フィドルってどんな楽器?と思って調べたら、確かに何度かこれ演奏してる人やけにフューチャーされてた・・・。
そしてロケハンのスタッフにはスリーター・キニーのドラマーだったジャネット・ワイスがいるとのこと。えええええ。


firstcow.jp

このメインビジュアルとタイトルでまさかのこんな内容とは!「いのちの食べかた」的なドキュメンタリータッチの映画だと思ったよ・・・。むしろ、ドロップドーナツ、ビスケット、クラフティ、、、イギリス経由のアメリカ焼き菓子の歴史の片鱗が楽しい。もしシネマライズで公開してたらパンフには確実にレシピが掲載されたことだろう・・・


衣装も素晴らしくて、衣装デザインのエイプリル・ネイピアは「レディ・バード」でも手がけた方で納得。靴・ボタンなどにまで至る細やかなお仕事にホレボレ。また「ビーバーの毛皮」などファッションにまつわるエピソードも重要で、パンフでアメリカ史の野口久美子教授のコラムも参考になった。



公式サイトのイントロダクションでは
「現代アメリカ映画の最重要作家と評され、最も高い評価を受ける監督のひとりであるケリー・ライカート。映画ファンの間で確かな人気を誇りながらも、これまで紹介される機会が限られていたライカート監督作品がついに、日本の劇場で初公開される!」
と、あくまでも"映画ファン"向けの切り口で紹介されている。

が。穿った見方にはなるけど、映画好きだけの視線で宣伝されている気がして勿体無い!!!
「2010年代のフォーク/アメリカーナ音楽シーン」を岡田拓郎さんに語ってもらうとか、「やたら増えてる焼き菓子店」の中でもエイミーズベイクショップなどアメリカ菓子中心の人気店とコラボしたり、クラシカルなファッションで古着屋さんとタッグを組んだり、語れる要素はたくさんあるのに!こういうのならインスタでバズっていいのに。そして2人が稼ぐに至る「経済」「役割」は今20−30代で飲食店を始めた人たちの感覚に寄り添う部分があるのではなかろうか。


ちなみに幡ヶ谷の人気コーヒーショップ パドラーズコーヒー店主は10代後半を"ポートランド"で過ごし、現店舗はバリスタと"共同経営"しながら周囲の仲間たちと場を広げ、アイコン的な存在になっている。(こうなるとは、参宮橋や明治通りで間借りしてた時代を知る者としては驚きではある)
一杯のコーヒーと過ごす何気なくて特別な時間:PADDLERS COFFEEのこと教えてください | ROOMIE(ルーミー)
今作にピッタリなのでコラボ企画にピッタリだけど断られたのかな・・・



なーんてなことを思いながら、今年1本目の映画鑑賞がすこぶる素晴らしく、やっぱり心身の余裕があれば扉を開くことが出来るし、今作に出逢えたタイミングをありがたく思う。
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