シネセゾン渋谷で最後に「エレファント」を見たこと

シネセゾン渋谷 クロージング上映 1985-2011」の作品リストを見て、「今」これ見たい!って思ったのは「エレファント」だけだった。公開当時にここで見て、面白かった作品は勿論たくさんある。けれど、「今」見たいかというと、ちょっと違う。日程的に無理なのは致し方ないとして、スケジュールを見てなんだか遠い気持ちになってくるのだよ。

黒い十人の女」や「ジュテーム・モア・ノン・ブリュ」や「ゴダールもの」などの、オシャレなチラシで「渋谷系映画」とくくられて、レイトショー公開された作品は、気恥ずかしくてあんまり見に行かなかった…(レイト苦手だし) ちなみに敢えて書くと、動員1位の「レオン」はまったくもって好きではない*1(にっこり)。
「イルマ・ヴェップ」やってくれたら、また見たかったなあ。それと、ここで、というか映画館で見たことない「IP5」も。

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さて金曜日の夜、銀座でギャラリーをいくつか回ってから渋谷に行って、「エレファント」を見た。
映像の、澄んだ薄い氷みたいな危うさはやっぱり美しかったけれど、音響設計の素晴らしさに息を飲んだ。クッキリした「自分」とぼんやり曖昧な「それ以外」を忠実に写しだすカメラ同様に音も「自分の心象」と「それ以外」を響かせていた。この空気の感触はまさに2000年代初頭〜前半だなあ*2
当時はひりひり触れたけれど、今見ると落ち着いて受け止めることが出来た。我が人生でもかなりな「どんより具合」だったあのころから7年を経るとさすがに捉え方は変わるわけで、それを認識したくて見にいったのかもしれない。思えば公開時は、はてな始めるちょっと前だ!


このあいだのガーデンシネマよりも感傷に浸ることなく、自分でもそれはびっくりするほどで、いつものように階段をひとり、テクテク下りた。2階は今やユニクロだけど、昔はいろんなご飯屋さんが集まっている「フードコート」的なスペースがあって、よくバイト帰りにここでご飯食べたなあ。そのまんま地下道へ出て駅へ向かいやすいから、遅くなってもここ好きだったんだけどな。


それにしても。シネセゾン渋谷で公開した作品のポスターやチラシ、パンフやプレスシートなどをずらっと並べた展覧会があったらな。80年代のセゾン文化を始め、90年代の「渋谷系」なあの異常なムーブメントを検証する財産になると思う。どなたか(川勝さんあたり)やってくれないかなあ!97年くらいを頂点に、デザインワークすごかったものね。もらってきたチラシで封筒や便箋をよくつくったなー。
どんどん「90年代的」なものが消えて行く。あの時代はそんなに「泡」だったのかなと切なくなる。

この経済状況・社会の変化のなかでは、確かに切り捨てられる「過剰な部分」ではある。がらがらの館内では効率が悪いのは当然だ。それにミニシアターの古い設備では、そりゃシネコンに負けるだろう。シネコンの中にミニシアターでかかるような映画がかかるのかもしれないけれど、映画を快適な環境で見ることができればそれでよし、とは私は思えない。
ミニシアターではその「映画館の人の顔」が見えるところが好きだ。何故この映画をかけるのか、この監督にこだわるのか、市場論理では測れないその部分こそが、映画などの文化的活動においては重要なのではないだろうか。まあ、90年代の異常なリバイバルも、当時の「ビジネス」がそうさせたんだけども。
「未公開作品」が増え、「◯◯映画祭」だとかで日仏やフィルムセンターなどで特集されても見に行きづらい(だって、ここ怖いんだも…)。そうなると更に「特権化」されて、溝がどんどん広がってしまう。むしろそうやって「特権化」するしかないのだろうか?


私はこれからも変わらず、好きな映画を見るためにふらっと、出かけたい。映画館の椅子に身を落として、周りに人を感じつつ、ひとりっきりの感覚に浮かびながら、スクリーンを見つめたい。それだけ。

*1:当時苦手だった人が「サイッコー!カッコイイよなー!」と言いまくってて、気が合わんわやっぱり…とうんざりしたアオイ思い出。。。

*2:そういや、チラシコメントでハマザキアユミが「あの頃僕らは…」戦法を繰り出していたんだった。時代だなあ!