それでも続く

晴れて暖かい土曜日。お散歩に出掛けましょう。まずは大好きな店のカレーを食べに。とても美味しくて、安心した。メニューに若干影響と配慮が感じられる。そう、とりたてて「何か」を掲げなくても、それで十分だ。そして喫茶店へ。やわらかく音楽が鳴る中で紅茶を飲むひとときを、今まで通りに伝えてくれる店主さんに感謝。そのあとはユニオンへ。CDを見てレコードを見て、何枚か買った。電灯を落としている店も多いけれど、街中も店内も思いのほかたくさんの人。飲食店前で呼びこみをする若い従業員。メンチカツに大行列。こうして「自粛ムード」は無くなるのだろうか。ドラッグストアでは「トイレットペーパー売り切れ中」の文字。仏前花を持つ人が多い。お彼岸なのだなあ。それから繁華街を過ぎて住宅街を南下した。

吉祥寺から千歳烏山までの散策。いつもどおりの週末。夜の満月はいつもよりも輝いていた。
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日曜日も晴れた。駅に向かいながら一箇所がやけに「白い」。近所の木蓮、ついに咲いた!


青空にくっきりと白い羽を広げる姿はとても美しい。今年も、咲いた。咲いたんだよ。
神楽坂へ移動。いつもの週末よりは人出が少ない気がする。チェーン店の飲食店はますます増えている。また新しいテナントビルが出来ていて、1階にはパン屋、これもチェーン店。そんな状況に悪態ついていると、馴染みの、個人経営のドイツパン屋が2月末に閉店していて驚いた。前回来たのは2月上旬だったっけ…ああ…。ご主人が体を壊して云々は以前張り紙されていたように思う。この街へ来るたびに「閉店しました」との張り紙を見かけることが切ない。
それから関口の商店街を通り、江戸川橋

ぐっと急勾配ながらもえらく短い坂が気になって、寄ってみた。ぐいっとカーブに江戸の頃を思わせる。「鷺坂」というらしい。この坂の上には徳川幕府の老中の屋敷があり、その後は住宅地化し、堀口大学が居住、近くに住んでいた三好達治佐藤春夫とともに「鷺坂」を呼ぶようになったとのこと。このちょっとした坂道に歴史が感じられて、タイムスリップ気分になる。
首都高高架をくぐり、神田川沿いを歩く。あと半月もすれば桜が満開だろうか。ギャラリーへ辿り着く。ジャド・フェア個展「Celebrate The Celebration」、ジャケでもお馴染みの「切り絵」による新作が展示。Half Japaneseのベスト盤がCDラジカセから流れている。

GREATEST HITS VOL・1

GREATEST HITS VOL・1

とってもよかった!!にこにこしてしまう。きもちがほぐれてくる。かわいらしくって、邪気があって、にやっとしちゃう。彼の人柄が伝わってくる。音楽といっしょの。春の陽光が差し込む白くこじんまりとしたこのギャラリーにとても合っていた。老若男女国籍などを超えて伝わるシンプルなかたち。ギャラリーのかたも、「ジャドを知っている人も知らない人も、みんなに喜んでもらえています」とおっしゃっていた。壁面に飾られたもののほかに、クリアファイル数冊にもびっしりあって、精力的に製作されていることが伺えた。紙とカッターがあればできるから、ツアー中の空いた時間でもいつでもどこでもつくってしまうのだそう。
こんな動画がありました。是非見て見て!

投稿者が「jadfair」なんですけど…。
それから再び歩き出す。都電の早稲田駅を超え、戸山公園はリトルリーグの練習真っ最中、巨大団地の脇を抜け、新宿七丁目のごちゃごちゃした路地を縫うように歩き、新宿三丁目。人はやっぱり多い!アイス食べてからユニオン。6階へ行くとScreamadelicaが掛かっていて、一気に気持ちは91年へ、あああと胸を掻きむしりたくなる。
帰宅して晩ご飯、鍋を囲める幸せよ。今までと変わらないことをしても、やっぱり違う。

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私たちは地震に関する支援や対処を「自己表現」にしていないだろうか。「拡散」に加わっただけで「私も情報発信者」だとか「いいことしてる」と勘違いしていないだろうか。ぐわあああっと広がって大きくなっていくさまに「サマーウォーズ」を思い出す。
どんどん目の前に流れていく情報を「自分なりに」精査して消化して、「自分に残す物」としたうえで他の人に広めないと、意味が無い。
「音楽に・映画に・デザインに”できること”」なんてお題目は私には気持ちが悪い。それぞれがそれぞれのそのままの役割を果すしか出来ない。一般人もミュージシャンもミニシアターも個人商店も「宣言」して、目に見えないその他大勢からの「納得」をもらわなきゃいけないみたいだ。ラジオから流れる「頑張れソング」も罪作りだよねえ。聞く人みんながみんな、その曲で「頑張れる」とは限らず、うんざりするひともいるのだから。なもんで私はラジオも聞かなくなってしまった。テレビは既に見ていない。
敢えて記すけれど、いつもどおりの生活を送れる人は今までと変わらずに映画を見に行ったり、音盤買ったり、本読んだり、展示見たり、それを今まで通りにネット上で記してもいいと私は思う。
被災地への支援も節電も何も「今だけ」のことではなく、今後も当たり前にすることなのだから。