「ソニはご機嫌ななめ」「へウォンの恋愛日記」

ホン・サンス作品はまだまだ未見のものが多いけれど、2年前くらいに「教授とわたし、そして映画」を見て受けた衝撃は今も突き刺さっている。「他者とはわかりあえない」ことを鋭い洞察力で反復し提示する光景は辛辣だけど、それでも人って可笑しいよねえって諦念を超えた緩やかなまなざしでふっと救い上げてくれるのだ。その描き方に私は毎作痺れてしまうし、監督を信頼する。

今回二作同時公開されていて、まずは「ソニはご機嫌ななめ」を見た。邦題は言うのも気恥ずかしいけれど、原題の日本語訳だと「 私たちのソニ 」というらしく、こちらのほうがやはり的確。”私たちの”というのが、そう、その通り。これはソニが主人公の話ではないのだ。「対する人の数だけ”わたし”がいる」心象は「教授とわたし、そして映画」にも繋がっている(というかホン・サンスはそんなのばっかりだ)。何しろ主演はチョン・ユミとイ・ソンギュンで同じだし、チョン・ユミが着てる黒のジャンパーはおんなじのじゃないかしら。ソニのことをカワイイと思い彼女に注ぐ男性陣の視線は、実のところ自分可愛がりなんだよねえ。オチには大笑いしたけど、我が身を振り返りゾッとしてしまう。終始コメディ・タッチでくすくす笑いながら、最後にぞぞぞっと背筋に走るものがある。


「へウォンの恋愛日記」は意外なほどにメランコリック。原題の日本語訳だと「誰のものでもない娘、ヘウォン」って、的を突いてる。自分のことすらもわからなくなり、ふっと消えゆく寂寥感が、秋の風景とコートの茶色にシャツの水色が合わさって印象的。ヒドい音質で高らかに鳴り響くベートーベンを背後に、若さ故の不安や焦燥感から何者かに依存してしまうへウォンが切なくて、私の心の奥底に張っている糸がふっと揺らいでしまう。見ている間はトボけた笑いよりも人生訓が強調されてるようでちょっともやもや、「ソニ」のほうが面白いなあと思っていたけれど、「へウォン」はこれまで通りの作風を踏襲しながら格段上の感覚をまとっていることに漸く気づいたのは、ラストシーンの最後の瞬間だった。ひゅっとかっさられて雷鳴に打たれて呆然。。。うぅぅ、逃れられないし繰り返すしかないから酒を呑みただただ今は眠りたいのだ。若い時に見たら泣いてた。ああ、ホン・サンス大好きだ……。 


今年はあともう1つ、新作が公開されるなんて、嬉しいな。あ、そうそう。今回の上映館は狭くてキツキツ息苦しくて、いい環境とはいえないけれど、スクリーン的にはこれくらい小さいほうが合ってると思う。ひっそりこっそり見たいのだ。見終わって、ボーッとしながら7階から階段をテクテク降りてく時間が好き。