世界の紙を巡る旅

先日久しぶりに散歩したエリアで本屋さんに入った。最近個人経営の「セレクト本屋」はあちこちに出来ていて似たような品揃えに感じるけれど、2019年にオープンし、建築設計事務所が週末だけ営業するこの店のセレクトは、私の趣向にあっている。1年以上ぶりの訪問だけど、雰囲気は変わらず。小さな喫茶スペースでは赤ちゃんが寝ているベビーカーを脇に、若いご夫婦がそれぞれ読書されている光景にホッとした。

ひとつひとつ棚を見て、目に止まったのはこれだった。

f:id:mikk:20210516163626j:plain


まずタイトル、そして装丁。帯には「カバー:ネパールで出会った手漉き紙・ロスタペーパーに著者自らシルクスクリーンで一冊一冊印刷しています」「本文用紙:旅の時間経過と合わせて11種類の用紙を使用しています」とあって驚いた。残り2冊で、確かにカバーはそれぞれ異なっている。
これは、買うべき読むべき本だと瞬時に判断し、最初に手に取った方を購入した。


美しく、非常に読みやすい本だった。
内容は「2019年3月から2020年1月に“紙をテーマに” 15カ国を世界一周した」旅の記録。見たもの語りたいことが膨大ゆえ、熱意が強すぎて散漫で一方的になりがちなところ、語り口と線引きが見事で、書籍としての編集・デザインも的確。読み物としても見る物としても、とても良いバランスなのが素晴らしい。著者 浪江由唯さんの志の高さと魅力的な人柄の結晶なのだろう。

世界で見つけた紙や場所を写真でわかりやすく伝えていることに加え、各地で暮らす人々との交流や心の揺れが刻々と言葉で綴られていて、真摯な想いがページを捲るたびにやってくる。手漉きで紙を作るように文字が紡がれ、旅の記録が編み出されていた。
それにしても帰国が「2020年1月」というのも奇跡的すぎるタイミングで、この挑戦があと僅か遅かったらと想像すると、何かをやるべき人に対しては神様が背中をベストなタイミングで押してくれるのだなと思わずにいられない。

作中に「“旅先から送る手紙”をたった一つの商品としたオンラインショップを作り、世界各地で見つけた素敵な紙を現地から日本にいる人へ届けた」とあり、この手があったか!と目から鱗。旅の期間中に送った“誰かへの手紙”は累計で452通だそう。なんて素敵な行為なのだろう。
装丁がとても凝っているしボリュームある本なのに2,600円なんて破格値と思っていたら、クラウドファンディングをされていた。全然知らなかった!ネットの情報は如何に回るのかを思い知らされる。知っていたら確実に参加したのに!
readyfor.jp


こちらも見つけた記事。
news.ksb.co.jp


note.com

出版社の方の紹介記事もあった。この本への想いと熱意が丁寧に伝わってくる。


この本をオンラインショップで見ると、その店ごとに、そして私が買ったものとも、装丁が異なっている。個体はひとつひとつ違い、それぞれ美しいということを、一冊の本から教えられる。
そしてインターネットでは全く知ることの無かった本に、久しぶりに歩いた街で出逢い、その瞬間の光景と匂いを残したまま家で頁を開き、心を揺さぶられたことがとても嬉しい。この本も旅をして、今私の家にやってきた。
こんな出会いがあるから、街を歩きたいのだ。

頭の中で手仕事について考えると、価値や意味、後継者不足、みたいな難しい話に行き着いてしまう。だけど、もっとシンプルな気持ちで接してもいいはず。見惚れるほどなめらかな手の動きや、未完成なまま積み上げられていても美しい形や、工房で飛び交う明るい声。作っている場所を見ると、ものづくりの過程の中で心惹かれる要素がいくつもあることに気づく。
手仕事のものを継いでいくことは、ものや技術だけではなくて、情景や時間の美しさも残すことになるんじゃないかと思う。
(本作 20-21Pより抜粋)